NO.2

 従来の汚泥処理は, 生きた汚泥細胞であれ,斃死した汚泥細胞であれ, 強固な細胞膜につつまれた完全態での汚泥細胞を処理していた。これでは脱水も, 生物処理も不完全なままで終了せざるを得ない。
 もし, ここで細胞膜が破壊されれば, 細胞内の水分も簡単に脱水できる。のみならず,細胞質も外に出てくるから, 当然に処理の対象となる。
 図1にある細胞質は, 細胞膜に包まれた複雑なコロイド系である。細胞質内にはリボゾームのような代謝と関係の深い顆粒および貯蔵物質である多糖類, 脂質などの顆粒が含まれる。これらの栄養物質が細胞膜を破って外に飛びだせば,他の微生物の基質となりうるので, 新たな生物処理の展開が期待できる。
 汚泥の細胞膜破壊, この工程こそ新たな生物処理,すなわち汚泥成分の生分解→消散→消滅という画期的なプロセスの出発点になるのであろう。

3.細胞破壊技術
 細胞の破壊実験については, 小林の浸透圧衝撃処理と音波処理による細胞破壊実験報告が興味ぶかい。4)
 浸透圧衝撃処理によって破壊された菌体の細胞は,内容物が飛び出し, 10kc/secの音波処理で細胞壁が破壊されたアゾドバクターは時間の経過とともに微粒子化していく。…この報告は, 細胞破壊→内容物散出→微粒子化→生分解という工程を暗示させる実験である。
 しかし, 浸透圧衝撃処理も音波処理も大量の汚泥を処理する方法ではない。年間に1億数千万トンという膨大量の産業汚泥を, 細胞破壊→微粒子化→生分解→消散というプロセスで消滅させる技術は,エネルギー浪費型の既存技術系からではなく, 突飛とも思えるような未来型発想から誕生するであろう。

A.汚泥細胞の分散化
 物質が微粒子となり水のなかで懸濁状態(サスペンション)になることを分散という。粒子の性能は粒子の径が小さいほど優れているが, 微粒子をつくる機械である分散機の性能と構造が対象物質によって異なるため, 設計条件と結果評価は共に重要なポイントになる。
 本報の場合, 菌体細胞を破壊し, 細胞膜も細胞質もともに微粒子にすることが基本的な設計条件となる。一般論として, 分散機は, 衝撃・衝突機能と剪断機能の一方または両方の機能をもつ。
 さきに述べたように, 細菌細胞は, 細胞質膜, 細胞壁, 粘液層あるいは莢膜と, 何層もの膜質に守られて強靭かつ柔軟な構造になっている。かかる細胞構造を破壊・粉砕するためには, 激烈な衝撃・衝突現象と, 強烈な剪断現象を同時に実現しなければならない。
 衝撃・衝突現象は衝突速度に応じて, また, 剪断現象はズリ速度に応じて効果が高まる。5) いずれも速度が最重要ポイントとなる。特にズリ速度は, 高速層流と低速層流を間断なく摺り合わせることが重要である。

B.分散機
グルンバ・エンジン

 筆者が発案した分散機(開発コード名:『グルンバ・エンジン』)は, 高速で回転させ極限まで速度を上げた汚泥水が激しく衝突する際に発生する衝撃現象と剪断現象により汚泥細胞を破砕・粉砕する構造になっている。(図3参照)
 分散機・『グルンバ・エンジン』は, 滝と滝壷をイメージして発案された。
 滝と滝壷は水を構造的に変化させる。水と水,水と岩が激突し, 水塊が激しく引き裂かれ, 擦り切れ,強烈な発泡現象と酸化作用, 衝撃波と超音波が発生し, 清澄なイオンが周辺に充満する。…こういった「滝壷現象」が連続的に惹起するマシンとして『グルンバ・エンジン』は設計された。
 実際, 滝壷では, 水のクラスタだけでなく,魚の死骸なども微塵化する。『グルンバ・エンジン』でも,肉片やダンボール片が極微細なSSに変容する。さらに, 『グルンバ・エンジン』の衝突エンジン部分に微細気泡を圧入すると,微細気泡が破裂する際に発生する超音波の作用で, SSは一段と細分化される。
 筆者の実験では, 汚泥細胞も破壊されて, 微粒子にまで破砕・粉砕され,顕微鏡で詳細に観察しても正常な汚泥細胞は皆無であった。
 平成10年11〜12月, 千葉県の地場牛乳加工メーカーである古谷乳業の排水処理施設において実施した汚泥破壊処理実証実験では, 汚泥細胞の破壊状態を透水フィルターによって確認した。破壊前の汚泥細胞はフィルターによって100%捕獲されるが, 『グルンバ・エンジン』で処理された汚泥はフィルターを完全に通過してしまって捕獲できなかった。これは汚泥が超微粒子にまで破砕・粉砕されてしまったからで, 顕微鏡でも確認できた。(透水フィルターは新光ナイロン社のTN30を使用した)
 なお, 上記実証実験では, 2時間のグルンバ処理によって汚泥水中に溶解していた蛋白質や脂質等が析出し微細SS化する現象が見られた。この超微細なSSは40〜50分で完全に凝集し沈降した。

4.微粒子効果
 分散系において, 粒子の性能は粒子径が小さいほど優れているが,これは生分解速度についても当てはまる。

A.比表面積
1cm立方体と比表面積
 有機物が微生物によって分解される速度は,微生物の数と種類が多いほど, また, 微生物がアタックする基質の比表面積が大きいほど早くなる。
 基質の比表面積とは, 物体1g当りの表面積のことで,物体が小さくなれば, それに応じて比表面積が増大する。 図4は, 1辺が1cmの立方体で表面積は6cm2である。この立方体を各辺10等分すると1辺1mmの立方体が1000個でき, この1000個の総表面積は60cm2になる。このように物体が小さくなれば, 比表面積も増大する。この関係は球体の系でも同じで,その計算例を表4に示した。
  表4で, 球状粒子の径が1mmの場合, 比表面積は0.00120m2/gにすぎないが, 径が0.0001mmになると比表面積が12.0m2/gと著しく増大する。6)
 自然界の微生物の大半は固形物表面に付着して生活しているため, 7)比表面積が大きいということは, 付着する微生物数と増殖率がともに増大することである。
 表4でいえば, 半径が1mmの球体1個よりも,半径が 0.0001mmのほうが1万倍の表面積をもつから,微生物数も1万倍ということになる。

B.内部からの生分解
(表4) 球状粒子の径と比表面積
 半径(mm)  比表面積(m2/g)
 1
 0.1 
 0.01
 0.001
 0.0001
  0.00120
  0.0120
  0.120
  1.20
 12.0
 有機物の微生物による分解という観点からいうと,微粒子化はさらに重要な意味をもつ. すなわち,図4でいえば,1cm角の立方体は表面だけが生分解されるが,1mm角にした場合は, 表面だけではなく内部からも分解が進むということで,生分解の反応が速度を極限までアップすることが可能となる。
 また, 有機物の腐敗を抑制するために発酵させるような場合,有機物の形状が大きいと, 内部では腐敗が進行して,発酵するのは外部だけ, ということになるが,微粒子化により発酵菌を内部まで送ることになるので理想的な発酵が進行する。

C.微粒子と微生物間の引力
比表面積と反応性微生物細胞は, 普通は負の荷電を帯びている。もし『グルンバ処理』されて破壊された汚泥の微粒子が,Fe3+, Co3+, Cu2+ など 2-3価カチオンを保持していれば,汚泥微粒子1個当りの微生物の付着量は著しく増大する。8)
 しかし, 荷電状態に関係なく, 図5のように粒子の表面積にもとづく吸着力,可塑性, 膨潤性, 凝集性, 等の粒子活性は, 比表面積の増大とともに高まる。
 このことは, 微生物細胞という超微粒子に関しても同様である。微生物の細胞径は,μm(マイクロメーター)のオーダーであるので, 比表面積は著しく大きい。
 従って, 汚泥微粒子と微生物は, 吸着力, 凝集性, ともに大であるので, その結合はきわめて急速に起こるのである。この結合後, 微生物は細胞外酵素(=消化酵素)を分泌し, 生分解を進展させることになる。

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